題名の「金襴」は金糸を使った派手な織物のことであり、この曲の素材となった京都の古い子守唄『優女(やしょめ)』の歌詞の中に歌われている。蓮如上人(1415-1499)の作という俗説があるほど古くから伝わるこの歌は近世には広く人口に膾炙していたらしく、地唄『萬歳』の中にも非常によく似た一節が現れる。萬歳楽になりうる絢爛な内容を子守唄として歌うのは、いかにも洗練された都の生活がうかがえる。
ところで、「子守唄」は個人的にコロナ禍が始まった2020年以降、『月に惑ふ(2020-21)』『みだれ髪による月夜五首(2021)』『黄昏、空に熊(2021)』『型、染、記憶(2023)』など、近作で取り組んできていた重要なテーマである。安らかな眠りを導くという意味では挽歌と表裏一体の存在と言える子守唄は、平穏に生きるための身近な音楽という視点から個人的に重要なキーワードとなった。
この作品では、『優女』を下敷きにして短歌の構造へ当てはめた独奏フルートのためのinterlude(『みだれ髪による月夜五首(2021)』の第3間奏曲として書かれた)をもとに、それを拡張する形で書かれている。
また、アコースティック楽器と電子音響によるミクスト音楽と呼ばれる編成は、20世紀後半以降極めて重要なスタイルであり、そこでは電子音響は楽器の拡張、空間化などの役割を担ってきた。この作品ではそれらの役割に加え、環境音を織り交ぜている。これは、コロナ禍において聴取環境を指定できないオンライン配信作品(『月に惑ふ』)を制作した経験によるもので、今回あえてコロナ禍を経たコンサートホールの空間に外の音を持ち込む試みをしてみることにした。
微睡み、夜、生と死の境を揺蕩う子守唄≒挽歌として、曲が終わるころには皆さまが夢と現の境に微睡んでおられれば幸いである。
(初演時解説文)
初演:
2023. 8. 19 @サンパール荒川 小ホール
村上聖 (fl) 藤川大晃 (elec)